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●ステイトメント制作活動について

 

 「私はこの街に住み、「現在」から差し伸べられた触手で、過去と未来を思う、夢見る権利を握りしめながら。」

 

 多くを見、多くを語り、多くを聴くことが全き事であることは偽りである。芸術の場では、それが明るみになる。全てを望むことは、全てを失うことに他ならない。全き美は、追えば追うほどに、憧憬の中に埋もれる。しかしそれでもなお、美は希求される。文明の中で、芸術は発掘され姿を変えながらも、生き続けていくのだ。芸術家は、矛盾と焦りと不安、欠落した人間の一つの様相を見せる。日常生活の中で隠すべきものとして、近代以降、自立した個人としての理想から、遠い場所へ押しやられる人間の喜怒哀楽は、パンドラの箱から溢れ彷徨う。

 

 現在において私が作品を創ることに、果たして目的はあるのだろうか。

目的がなくとも、創ったものは問いを語りかけて、私の記憶を呼び戻し、記録する。作品は、そのような問いを発生させる装置である。問いは、自ずと、「私」という個に出自をもつが、個は種としての人間の宿命を背負って、この生を全うしたいと渇望する。止む事のない生物としての渇望を、私は、自身の中に宿し、苦楽を味わって日々を送る。芸術は、既にそのような装置として人間の中に存在する。文明の中で渦まく数えきれない問いが、現在どのような現れ方をするのだろうか。それらを探し目に見える形にするために、私は、様々な形式を用いて作品を創る。

 

 インスタレーションとドローイングの作品を創り続けた過程で、私は人間が空間をどのように意識するのか、空間を意識するという事はどのようなことなのか、そして人間が空間と、どのような関係を持つ事によって、世界像を作り上げているのかという問いに向き合うことになった。空間に見いだされた象徴性の源を辿ることを始めた。その途中で避けて通れないものとして、神話や宗教や寓話など、文字化される以前に口伝によって伝播された物語が、現代にどのように現れているのかという部分に、制作の入り口を設けた。上記の神話や宗教は、かつては非常に強力な体系を作りあげ、空間に強靭な象徴体系を伴った全体性を与えていたと考えられる。それは、世界像が分化されることを、執拗に拒む作用とも言えるだろう。しかし、そのような作用は、幸福な象徴体系として機能しない現代の状況では、失われたものへのノスタルジアや分裂した細かな幻想としてしか、機能していない。分裂を余儀なくされる恐れを伴う欲望や願望によって、空間の語りかけることは、微細な響きとなり、私の住むこの世界は、振り子が回転しているような状態となった。止まらぬ回転運動に、いかにして作品の焦点を見いだすか。世界像を支える基底部や基調音を探し当てる事が、私を映像作品の制作へ向かわせた。

 

 2000年から始めた映像作品は、27本になる。当初は、インスタレーションの記録映像として、その場で自分が意図した動作を行い記録する事から始まった。映像作品は、光のもとで撮影され、再び光の状態で再現される。私はどの技法を用いても、最終的には「時間が静止したもの」として、展示してきた。インスタレーションの中で歩き回り、ドローイングの画面の上で視線は、動き回り、映像の動きに眼球は翻弄さる。しかし、止むことのない「まばたき」の連続が、この静止したものに注がれる。動的な印象を持つ「まばたき」は、実は時間を静止するための機能であり、まばたきの結果、見えたものは、記憶の中で「静止」の状態になる。私は数えきれない「静止」した画像の記憶を蓄積しているのだ。歩く前に私は「静止」しており、静止は「動いているものが動きを止める」のではなく「ある時」に動き出すために、存在する状態だということに気づいた。しかし、この『静止』はとても不完全なもので絶えず揺れ、動き出すまさにその手前にある。日々の体験を記録し記憶した引き出しが、開けられるために閉じられているように。

 

 私の映像作品には重要な要素として、自然と街の風景が現れる。朽ち果てた場所や、荒れた土地ほど、雄弁に様々な物語を語る。人間と近しい大きさの自然は、私たちの記憶と重なり合うことが、比較的容易である。それに反して、人間の大きさを凌駕した自然の中では、私たちの個人的な日常の記憶と重なり合うことが難しくなる。そのような自然と戯れることができるようになるには、街からやって来た私にはとても困難な現実となって現れる。最近の私の作品では、その両方の側面からの接近を試みる。そして、過去の作品を撮影した場所は、世の摂理の通り、廃棄あるいは風化し、同じ様子は二度と見る事はできない。

 

   ヨハンナ・シュピーリ原作の「ハイジ」の翻訳本を44歳になって、改めて読み返した時から、自分の年齢を映像作品のタイトルとして使った。このシリーズは「ハイジ44」から、「ハイジ54」まで続いている。原作の中で子供のハイジは狂言回しの役割を演じ、物語の中身は実は大人達の人間模様が繰り広げられる。第一次大戦後に書かれたこの物話は、不思議なくらいに現代でも同じことが起こりうる内容を持っている。例えば、なぜハイジが孤児になったかといいうこと。それは事故死した夫を追って母親が衰弱死している結果である。現在の媒体で明るく描かれるハイジがその時どのように暮らしていたのだろうか。その描写は省かれている。そのような短い表現の中に明るさの中の悲しみが見え隠れする。映像作品では、そのようなストーリーをなぞる事は避けて、山に残った44歳のハイジが街に降りたり、様々な場所を彷徨う内容の作品として制作した。サイトスペシフィックな撮影の仕方も、「いずこへ彷徨う人間」という、テーマ設定のもとに行なっている。

 

 人間の内なる自然への憧憬と、統御し得ないという畏れ。それは、「人生の様態」でもある。寓意となって潜んでいた人間の有り様を想像するために、私は神話や宗教書や寓話を読む。物話を再現することが、主旨ではなく、寓意を映像の中で、まとまったストーリーにせず、架設的に置いてみる。すると、作品に偶然と恣意性が混在し、新たに映像自体が発する寓話が浮かび上がって来る。寓意の隙間から、情景と、風景と、光景がないまぜになったものが、見えてくるように。

 では、情景と風景と光景の間には、どのような意味があるのか。それは、人間の本来記憶の底にある基低音、つまり「喜怒哀楽」を、顕わすことに近づくことだ。世界像は個と比べると広大だが、個の小さな世界からも、道が通じているはずだと考えている。いつの時代も、異なる文化が交錯し混在し、その延長にある現代に生きる私の作品は、人間が本来持っている基低音を響かす装置となって欲しいと願っている。「記憶の中で、風景だったものが、ある日、光景に変わること」「記憶の中で、光景だったものが、ある日、風景に変わること」この両方の間を行き来することで、寓意の発生をもたらす容れ物としての映像を制作の軸に置いている。

 

   映像作品が、自分の年齢の時系列になっていくと同時に、映像と画像認識による、情報伝達が当たり前となった。SNSを始めた時に、「絵」を書いてその画像をネット上に掲載してみた。画像認識は、人間の成長段階での初期の記憶の仕方である。世の中の認識方法がそのように徐々に変化してきていることを感じ取り、2011年から現在もこの試みを続けている。「一枚さん」と名付けた試みは、画材も書き方も統一されたものにしない、失敗したものも公開するというルールを決めた。これは、知人友人のみ閲覧可能なものである。そうしているうちに、「絵」に様々なコメントが寄せられるようになり、対面して言葉を交わす事のない人々が、遠慮なく「絵」から気ままな発想を文字にして書き込み、やりとりをしている。いつの間にか、それらは展覧会で「ネットで見ていた現物」が披露されることになった。「一枚さん」という名の紙片は、時系列に並べるとテーマのない絵が並び、同一人物が書いたとは思えない。自己はこの試みでは、薄まってゆく。

 

 現在は、文化・文明と呼ばれる「文」の変化の時期であり、社会での画像の影響力の大きさは近代と比べることはできないほど大きくなっている。ネットにおけるSNS、画像や動画による伝達で、世界はすでに激変している。知らぬ間に、人は拡張したデバイスを持って生きていることが当たり前になっていった。そして「見えるものと見えないもの」と「聞こえるものと聞こえないもの」の関係もまた、この文明の変化に伴って、新たなな局面を迎えていることは確かである。このように、不確かなゆえに土地に根ざした歴史や物語が表面に浮上している現代で、芸術における「見えるものと見えないもの」「聞こえるものと聞こえないもの」のあり様をどのように提示していくか、それは難しい問題として私の前に立ちはだかっている。しかし、この世界像は一度電源を切ると全く伝達が不可能になり、私たちはどこに存在するのかその基盤を危ういものにしているゆえに、なお芸術が生き延びるための重要な方法となるのではないかと、ささやかな希望を抱いている。現代においては、大きな理想を語ることが稀になり、滑稽にも聞こえるが、人の基底部をなしている身体と心は急に変化することはないはずだ。実際にあなたの手に届かないネットの荒れ地の風景の中に、眠る前に一枚の絵の贈り物を送り一日の電源を切る。

 

2019年11月24日改編

©松井智惠

 

●Statement On My Work

Chie Matsui

Revised November 24, 2019

“As I lead my life in this city, I cling to the right to dream, with tentacles of thought extending from the present into the past and the future.”

 

Seeing, speaking about, and listening to as much as possible is all-important: this is a false conception. In the field of art, this becomes abundantly clear. To want it all is to lose it all. The more we pursue perfect beauty, the more it is buried beneath our yearning. Still, we cannot stop seeking after beauty. In our civilization, art is constantly being shown in a new light and transformed, yet it remains vital and lives on. Artists show us various aspects of human conflict, impatience, anxiety, and loss. Human emotions, which since the advent of modern times we have been expected to hide in the course of daily life, to thrust away into a far corner in pursuit of the ideal of the independent individual, overflow as if Pandora’s box had been opened.

 

Is there really a purpose to my creative activities? Even if they have no purpose, my works spark questions, calling up and preserving my own memories. They are devices that generate such questions. Questions naturally originate from the individual “I,” and the individual craves complete fulfillment in its own life, shouldering the fate of humanity as a species. A living being unable to stop such cravings, I live within them and spend my days experiencing their pains and joys. Art innately exists within us as a device that functions in this way. How are the questions that swirl within our civilization manifested now? I create works in a wide range of formats in order to seek out these questions and render them visible.

 

In the process of continuing to make installations and drawings, I have been confronted with questions of how people perceive spaces, what it means to be conscious of spaces, and how people create images of the world by forging relationships with spaces, and have attempted to trace the sources of the symbolism we find in them. An inevitable part of this process was establishing a point of entry to the creative process in examination of the way narratives, such as myth, religion, and fable, which were transmitted by the human voice prior to the emergence of the written word, are manifested in the contemporary era. In the past, these myths and religions gave rise to extraordinarily powerful systems, binding spaces with unity accompanied by unshakeable symbolic frameworks. This has the effect of persistently preventing our images of the world from being divided and differentiated. However, in our current situation, where the joyful symbolic system no longer functions, this effect only functions to produce nostalgia for what is lost, or splintered fragments of illusion. Through my wishes and desires accompanied by fear of inevitable fragmentation and disruption, the voices of spaces finely resonate, and the world I inhabit begins to rotate like a pendulum. How can I find the focus of my work amid this unstoppable rotational movement? Searching for the foundation, or fundamental resonating tone, that underlies images of the world led me to produce video works.

 

Since starting to work in the video medium in 2000, I have made 27 works. I began by documenting intentional movements I performed in installations. Video works are recorded in light, and the images reproduced again in light. Whatever technique or method I use, what I present in the end is some form of “time standing still.” People walk around installations, their gaze moves over the surfaces of drawings, and the eyes follow the movement in video pieces, but in all cases an uninterrupted series of “blinks” is directed toward a still object. We have a dynamic impression of the action of “blinking,” but it actually has the function of halting time. Blinking’s result is that motion is frozen and becomes “still” in memory. Thus far I have accumulated an uncountable number of stationary remembered images. Before I start to walk I am still, and I have come to realize that stillness is not “things in motion ceasing to move,” but rather a state of latent potential to move at some point in the future. However, stillness is highly imperfect, always in a state of vibration and poised to begin moving. The drawers that record and store our daily experience are kept closed in order to be opened.

 

Both natural and urban landscapes are important elements of my video works. It is the places of decay and desolate wilderness that tell various tales most eloquently. Nature at familiar human scale is superimposed on our everyday memories with relative ease, but when nature transcends human scale, this becomes increasingly difficult. As someone who came from a city, developing the ability to relate playfully to nature is a challenging process. In my recent work, I attempt to approach it from both sides. Meanwhile, sites where I filmed my past works have been abandoned or faded, as is the way of the world, and can never be seen in the same state again.

 

Since rereading the Japanese translation of Heidi by Johanna Spyri at the age of 44, I began to include my age in the titles of my video works. This series began with Heidi 44 and has continued up to Heidi 54. In the original novels, the child Heidi is actually not a central character but a subsidiary one who moves the plot along, and the story actually paints a picture of the lives of the adult characters. The content of the story, written in 1880, still seems amazingly relevant today. For example, the reason Heidi became an orphan: her father died in an accident, and her mother then wasted away, following her husband into death. In our contemporary media, Heidi is depicted living happily and cheerfully, but what would her life actually have been like at that time? Descriptions of it are omitted in condensed versions, and the sorrow lurking beneath the cheer is only visible in brief glimpses. In my Heidi video pieces, I avoid adhering to the story arc, instead producing work in which a 44-year-old Heidi has remained in the mountains, at times going down into town and roaming here and there. The use of site-specific filming locations was also based on the theme of “people roaming, lost where ever they go.”

 

The innate yearning and uncontrollable fear of nature are fundamental aspects of the human condition. I read myths, religious texts, and fables to envision human nature, as concealed in these tales in allegorical form. The main point is not to reenact the stories, but rather to leave narratives in images unresolved, connecting images and sounds in the same way that a few temporary bridges connect different places, which allows me to imbue the pieces with accidental and arbitrary qualities and bring out the new element of allegory from the images. Through the cracks opened up by allegory, glimpses of intertwined sights, scenes, and landscapes can be seen.

 

So what are the relationships of meaning connecting scenes, sights, and landscapes? This relates closely to the deep underlying tone resounding beneath human memory, that is, the emotions. Images of the world are vast compared to the realm of the individual, but I believe there are pathways connecting them. I hope that my work, rooted in our current era which extends the mixing and intertwining of different cultures occurring throughout history, will act as a device that resonates with the deep underlying tone vibrating in all human beings. “What was a landscape in memory will become a scene,” “What was a scene in memory will become a landscape”: the back-and-forth between these forms the axis of my production of video works as vessels for the generation of allegory.

 

While my video works have progressed year by year, in tandem with my own age, in society it has become second nature for us to transmit information through images and image recognition. After I began using social media, I posted an image of a picture I had made on the Net. In human growth, image recognition is the first method we use to remember things, and I have been addressing this theme since 2011, all the while sensing that our ways of recognizing the world are gradually changing. For the series Ms. Piece I adopted the rule that materials and styles would not be consistent, and that I would also release works I regarded as failures, though viewership is limited to friends and acquaintances. Over time I have received all kinds of comments on the pictures, and people who do not meet or exchange words in person can feel free to write what they feel about them. Thoughts are put down in words and exchanged. Eventually an exhibition was staged, presenting the “originals” of what people had only seen on the Net. When these fragments, which I titled Ms. Piece, were arranged in chronological order, it was hard to believe that they were fragments at all or that they had been made by the same person. This project has had the effect of diluting and dissolving the ego.

 

Text, aso central to culture and civilization, is in a time of transition, and in contemporary society images have taken on a degree of influence unknown in modern times. The world has already been drastically altered by social media and the flood of still and moving images on the Internet. In a short period of time, it has become the norm for people to live with devices that are extensions of themselves. At the same time, as our civilization evolves, relationships between “visible and invisible,” “audible and inaudible” are clearly entering a new phase. In our current era, when uncertainty causes histories and narratives rooted in the soil of specific regions to grow increasingly prominent, I face the daunting challenge of how to present what is “visible and invisible” and “audible and inaudible” in art. However, electronic images of the world cannot be transmitted or received once the power on our devices is switched off, and this jeopardizes the very foundations of our self-knowledge of where we stand. I harbor modest hopes that for this reason, art will remain a crucial means for us to survive and thrive. Today, talk of high ideals has become rare and can even sound comical, but the body, heart and mind that form our underlying foundation do not change so easily. I send a piece of art, a gift that will not physically reach your hands, into the wilderness of the Net, and shut down the power for another day.

作品メモ

 

有隣荘は目を凝らすほど、みえぬものがある。耳をそばだてても、音を持たない建物である。なぜなのか?

この作品を制作するには、有隣荘で私が感じたものと向きあわなければならなかった。「精緻で調和のとれた空間であり、ざわめきのない空間」。それを現象に置き換えるための意識を働かせるために、撮影された画像の世界と、もう一つ、音の世界をつくることにした。

鏡の語源は、「影身」ともいう。本編に現れる鏡や水面は、影の身であり、それ自体に意味はない。むしろ悲しみ、哀しみともいうべきで、そのようなものからどのように、開かれたありのままの生に至ることができるかが、課題となる。喜怒哀楽の世は短いが、芸術という術をもっている人間の奥底には、個人史の部分を凌駕する、純粋な精神原理『プルシャ』の中で「戯れて遊ぶ」ことができるはずではないだろうか。まとまったストーリーの中よりも、断片の不条理な中にそれらは、込められている。

有隣荘は、人間の作ってきたもの、伝来してきたものたちの、世界の時間軸があり、その世界地図の中にいるようでもある。故郷をもたぬ、複数の人物が、今回はさまようというよりも、絶対的孤独の中で夢を見、時間軸が異なった世界で、統一されないものになる。作品を見ている私、あなたが形を与え、初めてみえるもの、聞くもの、嗅ぐものになる。そのような体験をすることができるよう、願ってつくったものである。

 

2014年 4月

 

およそ、映像を作るという作業は、選び切り取っっていく行動である。

失敗だと思っていたシーンの中の一部が、選ばれることもあれば、使われる予定で撮影したものも、ばっさりとなくなってゆく。撮影時間のすべてから、結局残るのは、ほんの少しである。

フィルム撮影の写真も、同じように36枚取りフィルム一本のうちから、1カットよいものが出ることは、稀だった。

 

まず、フレームに何が映っているか。

それを見ようと私たちはやっきになる。しかし、フレームの外に残されたもの、残ってしまっているもの、それらを想起させることができればと試みる。

残されたものに意味はあるのだと、私は考えている。

 

作品本体に、意味はない。

意味をあたえ、形づくるものは、物質つまり肉体の感覚器官である。

と、書けば、作品の責任を鑑者に全てゆだねているように聞こえるかもしれない。

しかし、そうではない。

 

意味や理由などなく、遺棄されたものたちは、現されるためにいつも待機している状態にある。

それが、意味が生成するために必要不可欠な「静止」なのであろう。

  

2014年 映像制作メモ

 松井智恵

 映像作品は、光のもとで撮影され、再び光の状態になって再現される。

 記録・記憶といったものが、多分に多く含まれた作品を創る事を続けていますが、インスタレーションであれ、ドローイングであれ、どのような技法の場合でも、作品として最終的には、『時間が静止したもの』として、展示してきました。

なぜ、『静止』という捉え方がでてきたのかと、言いますと、ある日歩こうとして気が付いたのです。

 歩く前に私は静止しています。この『静止』はとても不完全なもので、絶えず揺れる手前にありました。

 

 インスタレーションの中で歩き回り、ドローイングの画面の上で視線は、動き回り、また、画像そのものの動きに眼球は翻弄されます。このことと、『時間が静止したもの』とは、まるで正反対のことを語っているように思われるかもしれません。しかし、動いているものへの視線や、視線を動かすこと、動きとともに視線もあることは、永久に続くことはあり得ないと、わたしは考えます。

 止むことのない「まばたき」の連続。動的な印象を持つ「まばたき」は、実は、時間を静止するための機能です。まばたきの結果、見えたものは、記憶の中でいったん、『静止』の状態になります。そうやって、わたしは、数えきれない『静止』した記憶を蓄積しているのです。

 

『夢』自体が、記憶の中に含まれているように。作品は、眠り、朝に起きるように、私の中に存在します。

「記憶の中で、風景だったものが、ある日、光景に変わること」

「記憶の中で、光景だったものが、ある日、風景に変わること」私の映像作品は、この両方の間を行き来する、構成になります。

人の原初的な日常の動作に、今回は重点をおいて、制作しました。ある日に展示会場で、撮影された映像が、寓意を持ったものに、変化することをとおして、「ある日」の、人(ハイジ)の、喜怒哀楽を静かに描きます。

 

2011年 HEIDI51映像制作メモ

松井智惠